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否定しなければいられない人

否定しなければいられない人というのが居ます。

 ここでいう「否定しなければいられない人」というのは、自分なりの見解を主張するというだけではなく、その見解と異なる人の所まで押し掛けていったり、相手に判るようなやり方で他の人の意見を否定したり、わざわざ自分の主張を押しつたりして、言い負かせようとしたり、時に攻撃したりという人達のことです。

 例えば、インターネット上などでもカテゴリー分けされているにもかかわらず、それを守らずどこにでも出しゃばり、相手にとってはナンセンス極まりない自分の主張を押しつけにいったり等、相手の思想や考え方を尊重できない様なことを平気でする人達のことです。

 どんな例があるかといえば、オカルト扱いの波動関連のブログに、幼稚さを自覚出来ないで「科学っぽいだけ」の妄想を並べた中傷のトラックバックを送ったり、何ら正当な調査に基づく根拠がないにも関わらず、相手を名指しして中傷したりなど、自分の主張の正当性を示す為に「必要以上の行為が含まれる場合」のことをする人達等のことです。


 他人を中傷するためにリンクをはることで有名な「はてなブックマーク」では、この手の誹謗中傷がかなり前から問題視されています。

http://chalow.net/2005-11-24-2.html

>「 はてなブックマークが誹謗中傷行為の温床に見えるのはシステム
>の問題ではなくユーザの認識が甘いだけ。 (48文字)」

とあります。

 実際、思慮深い人であれば、様々な可能性を考慮して慎重な行動をとるものです。しかし、認識が甘いとされるような人達は、そこまでの熟慮など出来るような人達ではありません。


また、今年、誹謗中傷で逮捕された芸能人の話を元にした記事などもあります。
http://ascii.jp/elem/000/000/212/212413/index-3.html

> 誹謗中傷の投稿者には、相手の反応が面白いからという愉快犯もいるだろうし、
>噂を信じて真実性を検証せずに「あの社会悪を野放しにしてはおけない」と正義感
>に基づいて書き込みをしている人もいる。非難した相手がその文章をネットで見る
>可能性を想像できずに、カジュアルに露悪的な言葉を使う人もいます。

共に考えが浅く、思慮の出来ない人達の行為であるといわれています。
中傷で相手の反応を楽しむ行為も精神的に問題が見られる人に多く見られる行動です。

実際、色々な可能性を考える事も出来ず、まともに調べるという姿勢などない人達なので、こういった行為を軽率に行うのです。

 科学っぽいだけの人や、ボーダーなどの人格障害者、科学カルトの人には、勘違いの正義感でこういう人が沢山います。

 なんら「実際の条件」、「実際の事例」に適合しているのかが疑わしく「具体的な関連性の事実調査」のされていない批判など、真実を知りたいと思う人間にとっては「ゴミ」にしかならない与太話の押しつけは、中傷されている当事者にとっても、それ以外の人達にとっても迷惑きわまりない妄想です。

 しかも「妄想」にもかかわらず、その自覚も出来ずに「合理的だ」とか「科学的だ」等と戯言を言うものだから始末に負えない輩です。


今回の主題は「何故そういった行為に走るのか?」ということです。


その結論の最もシンプルな言葉は「自己無力感」でしょうか。

自分が無力だと感じるからこそ、他人に自分の意見や自分の力を認めさせたいのです。

自分が無力だと感じるからこそ、他人を説得したいのです。

自分が無力だと感じるからこそ、相手を否定することで、自分の意見に自信を持ちたいのです。

相手を否定していれば、自分が正しいと錯覚できるからです。

 しかし、そういったことをすればするほど、自分が無力感に苛まされているということを相手に対して公表しているようなものです。

 端からは「自信がないんだね」「かわいそう」等と思われているのに、本人は必死に否定に走り、「正義の味方」気取りです。自分の行動が典型的な人格障害者によく見られる症例だったりしても、自省もせず患者特有の状態で自覚できません。自覚していても、自制できません。


それでは、何故、無力感を抱いてしまうのか?


その原因のひとつは「自分の信念の崩壊への恐怖」でしょう。

他人の発言や主張で信念が崩壊するように感じるというのなら、その人の信念体系や持論となっているものの根拠が怪しいのです。

すなわち、「その人自身の論拠に自信がない」ということです。


 そういった人達は「誰かが調べた事をそのまま鵜呑み」にしていたり、ただ「そうであるに違いない」とか、「そうであるに決まっているから」という「信仰」でしかない根拠が一部、もしくは大部分を占めているからです。


 例えば、ある理論があり、その理論の成否を自分自身の実験によって何度も繰り返し検証し、その理論の正しさ、成立条件を充分に確認しているのならば、他人がどのような意見を持とうとも、その信頼が根底から揺らぐことはないでしょう。

 なぜなら、ひとつの理論が無条件に明確に成立する条件というのは、多くの場合それ程広くなく、実際には色々な条件が重なるため、簡単には再現されないことが多々あるからです。

 実際に検証した人間はその難しさを知っています。その難しさを知っていれば、無条件に肯定するのは決して容易なことではないと言うことが判ります。

 ですから、自分の信じる理論を否定する意見が出たとしても、「何らかの条件によってそういう結果が出たのだろう」と考えることが出来るので、短絡的で思慮の浅い行動は取らないはずです。

 こういった実践によって確信を深めた人達が、自分の見解と異なった意見を聞いて最初に取る行動は、否定ではなく「事実確認」です。しかし、否定しなければいられない人達のほとんどは、十分な事実確認という手順を取らずに否定に走ります。


 また、自己の存在価値に疑問がある人は、自分自身という存在を肯定する論拠に自信がないからです。

 だから、自分の一部である信念が否定されただけでも、存在そのものへの肯定の自信が揺らぎます。

 自分について自信があれば、自分が信じることに対して他人がどのように言っていても、それ程気にならないし、必死に反論するほどのことでもないはずです。

 しかし、自信がなければ自分の持っているものを否定された瞬間、自己無力感や存在価値の否定につながってしまいます。


 誰にでも認められている科学理論だって、「単純系」であれば正しいといえても、条件が複雑だったり、外部要因によって影響力が変動する「複雑系」となっている状況では、実際にはどうなるのかが判らないということがよくあります。

実際の世の中の出来事は複雑な条件が絡み合い、単純な科学法則のみで推論できるほど簡単な事例はそれ程多くはないのですが、否定しなければならない人達は実感して理解したではなく机上論を信じているレベルだったりし、複雑な条件が絡んでいると可能性を考慮する必要性を察することができません。


 考えが浅く、ちょっとしたことで揺らぐ程度の根拠の怪しいものを「信仰」してしまうような人達は、自分に都合の良い結論を「何ら実証による根拠を元にせず」正解と決めつけてしまうのです。

 同じように、それに反する物は「何ら実証による根拠を元にせず」間違いと決めつけてしまうのです。

 しかし、単に「そう思うから」という程度の根拠をベースにした信念を持っている人達は、自分の持っている理論と相容れ無そうな理論があれば、持論が崩れる恐怖を感じます。そして元々持っている無力感に襲われます。

 自分が今まで信じていたものが間違っていたのか?という「信念崩壊の恐怖」を感じます。
だから相手の自分の考えの同意を強要したり、相手の自由を含めて必死に否定しなければならないのです。

 
 それ以外にも、単に底の浅い思考しかできない人達は、幼稚で浅はか、障害者の症例そのまんまとしか思えない言動も多々あります。

 まともな人間相手なら、議論などで理解を深めるという可能性もあるでしょうが、発言もも理解できずに文句を付けてきたり、事実確認すらまともにしない「どう考えてもまともとは思えない人達ばかり」ですからスルーが妥当でしょう。


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